No Haste, No Chains ~数学の教育をつくろう~

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大学生の学力低下?〜大学生数学基本調査1

日本数学会によって実施された「大学生数学基本調査」の調査結果の報告がありました。
24日夜のテレビのニュースで見て,録画してきちんと見ればよかった…と思っていたら,ネットにも同じ内容がアップされていました。*1便利ですね。

大学生の数学力の低下が明らかになったそうで,調査で用いられた平均についての問題や,偶数・奇数に関する問題が取り上げられていました。それでは,調査の全容を,と日本数学会のページを見てみたのですが…
   えっ?!たったのこれだけ?
全部で5問でした。

「単なる計算力でなく,論理的に考え,証明する数学の力を測る」のが目的だそうですが,大学生とはいえ,いきなり出されたら難しかったりひっかかったりするのでは?という問題もあり,昔だって同じようなものだったのでは?なんて思ってしまいました。
こういう調査ははじめてらしいのですが,ネットの掲示板でも「はじめての調査で,どうして学力“低下”とわかるのか」という指摘が多く見られました。日本数学会の宮岡洋一理事長の言う

日常生活ではあいまいになっている論理的なものをきちんと訓練する
科学技術には数学が基礎。科学技術が退化したら日本が生き延びる道はない。ぜひ数学教育を改革していただきたい。

ということは賛同できますし,調査をしたこと,今後も調査を続けてくことは評価できますが,調査結果の分析や報告については,どうしても,「結果ありき」の感が否めません。

ネットのニュースサイトでは,「大学生の4人に1人「平均」分からず 数学基本調査」(産経新聞)のようなセンセーショナルな見出しが多いですが,報告書を読んだ印象に近いのはNHKの「数学 基本理解しない大学生も」,つまり

今の大学生には、小学校で学ぶ「平均」など、数学の基本を正しく理解しておらず、論理的に説明する力も不足している学生がいることが、日本数学会が行った調査で分かりました。

です。調査対象や分析の仕方から確実にいえるのは「力が不足している学生がいる」であり,せいぜい「そのような学生はかなり多いと“予想される”」じゃないか,この調査を「大学生は〜」と大学生の全体像を語るものとして使うのは少し無理があると思うのです。

調査対象は48大学,約6000人ということでまんべんなく集めた印象ですが,実際は国立大学の学生が3分の2を占め(しかもその多くは上位クラス),全体の半数は理系です。日本の大学生は私立の文系が圧倒的に多いのでは?また,偏差値の定義からもほとんどの大学生は中の下〜中の上です。“約半数は一般入試以外で入学,一般入試でも数学なしで入っている”こととの関連も知りたかったようですが,そのような生徒が多いであろう私立の下位クラス(私立C)は調査対象の5%強にすぎません。最近の学力事情としてよくいわれるものの1つに,「学力の2極化」があり,数学で特に顕著だとの報告を見たことがありますが,上位層が多いであろう国立大学の学生を調べて全体像を推測するのは無理があります。

報告書では調査対象の大学で“さえ”このくらいだから,一般的にはもっと低いだろうとはなっていますが,この「調査対象の大学で“さえ”」の状況をつくるために,わざわざ難しい・ひっかかりやすい問題設定や厳しめの採点基準にしたのでは?という見方もできてしまうのです。

また,今回の報告や報道は「ゆとり教育=学力低い」の印象を与えるものにもなっています。日本数学会は「ゆとり教育」の導入に強く反対していたと思うので“だから言ったじゃないか”と言いたいのかもしれませんが,教育課程はゆとり見直しへと動いているわけですから,「ゆとり」批判はそのまま「ゆとり世代」批判なってしまいます。世代全体がマイナスイメージをもたれないような配慮も必要だと思いました。

*1:「数学 基本理解しない大学生も」http://www3.nhk.or.jp/news/html/20120224/t10013268351000.html